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代官山ヒルサイドテラス [建築]

代官山ヒルサイドテラスは、建築家槇文彦の代表作といわれています。
旧山手通りに面する複合施設で、店舗、集合住宅、オフィスなどで構成されています。
奥には、デンマーク大使館があり、これも槇文彦の設計です。最初の建物が出来たのは
1970年頃で、順に施設がふえていってます。
槇文彦は、64年の東京オリンピックで使われた東京都体育館の設計もしています。
今度のオリンピックでも改修をして使われるそうです。

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私が行った1月には、YOHJI YAMAMOTO(山本耀司)のモード写真の展覧会が
開催されていました。時代を感じさせない昔の服やさまざまな写真、ポスターなどが
並び、ファッションっぽくて面白かったです。

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いろいろな店があり、1年中、クリスマス用品を売っている「クリスマス・カンパニー」と
いうユニークな店もあります。
よくTVで紹介されている「トムス・サンドイッチ」という大きなサイズのアメリカン・サンドイッチ
の店も人気です。

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この土地は、朝倉家の持ち物で、朝倉家の住宅は今は重要文化財となり、ヒルサイドテラスの
奥の方にあります。見学可能なので、これを見に行くのが、その日の目的だったのですが、
お休みでした。こんな建物です。
もう少し暖かくなったら、ぷらぷら散歩をしたりショッピングをしたり、おしゃれな街です。


新橋から虎の門ヒルズへ [建築]

友達と、新橋で会うことになりました。
「SL広場は、新橋の待ち合わせで、一番わかりやすい所だから」と、言われたけど、
かなり広いです。

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仕事を早く切り上げることが出来たので、約束の時間の40分前に着きました。
40分、何をして過ごそうかと、考え、昔の職場があったビルが虎の門ヒルズに
なっていると聞いていたので、見に行くことにしました。

新橋の烏森口から虎の門方向に歩いていた通勤路です。
この交差点のビル、8階建ては見覚えがありました。
ここを右に行った所に、日石本社ビルがあったけど、まだ、あるかしら。

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次の交差点を左に曲がった桜田通りに面した所に、17森ビルがありました。
取り壊され、虎の門ヒルズになったのだそうです。

これです。虎の門ヒルズ。外資のホテルがはいっているので、おしゃれな外観です。

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52階建てなので、こんなに背が高く、写真に入りきりません。

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ヒルズの角を通り過ぎて、さらに行くと、愛宕山です。
愛宕山は、東京で一番高い山で、見晴らしが良いのです。
山の上にNHKの放送博物館があって、ラジオの黎明期からの品々が展示してあり、
勉強になります。
愛宕山にある「愛宕神社」へ行くには、男坂、女坂の石段があり、男坂が急勾配
なのですが、お昼休みに、男坂で上り、女坂で降りたこともありました。

江戸時代に3代将軍徳川家光が、増上寺にお墓参りをした帰り、この石段の
前を通ると、石段の上に梅の花が満開だったので、「誰か馬にて梅の枝を取って参れ」
と命じると、曲垣平九郎という男が馬で階段を駆け上がりみごと取って来たという
話があります。
もう薄暗くなって来たので、男坂には行かずに引き返しました。

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「愛宕神社参道入り口」の看板です。「放送博物館」の赤い看板も見えます。
ここからも神社に行かれますが、男坂の階段ではなく、もう少しゆるい山道です。


京橋 [建築]

京橋は、大阪の京橋が有名ですが、東京にもあります。
銀座と日本橋の間のメトロの駅で、階段を一つ上がればすぐ外に出れる便利な駅でした。
でも、今は再開発で、どうなったのかしら。

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京橋といえば、私にとっては、「明治屋」と「明治製菓」のビルです。
子供の頃は、格式ある重厚なビルに圧倒されそうでしたが、中にはいると、
外国のチョコレートやお菓子がたくさん並んでいたので、好きな場所でした。
この日も、珍しいものを見つけて買いました。

明治屋の向かいにあった「片倉工業」のビルも、どっしりとした建物で玄関が
とても立派でした。1922年、日本の繊維工業、絹織物が絶好調だった頃の
建物でしたが、老朽化のため、壊されて、今は、複合テナントビル「東京スクエア
ガーデン」となりました。おしゃれなカフェが目だっています。

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この店で、友達と、窓の外を眺めながら遅い昼ごはんを食べました。
暑い日でした。暑くて、暑くて、写真を撮るのが面倒になってしまい、写真は2枚だけです。

 

 


汐留 旧新橋停車場 [建築]

 日本の鉄道は明治5年開業で、新橋、横浜間を蒸気機関車が走りました。
当時の新橋駅は、今の駅とは少し離れた汐留にあり、駅舎は、木造石張りの
二階建て西洋建築でした。

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その後、東京駅が新設され旅客ターミナルとなったので、汐留駅は貨物専用
になり、関東大震災で美しい駅舎は消失しました。

1986年、貨物駅は廃止になり、駅跡地は売却され、汐留シオサイトとして
高層ビルがいくつも建ちました。
駅舎は復元して建てられ、鉄道歴史展示室になっています。狭いのですぐ
見終わります。入場無料でした。

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隣のパナソニック電工ビルから、駅舎の裏側がよく見えます。右側の建物です。
ガラス越しに写したので、雨の粒が写真に入ってしまいました。



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私が行ったのは、雨の日曜日の夕方だったので、広場には誰もいません。

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電工ビルは、広いショールームがあり、キッチンや照明がいろいろあって、
見ていて楽しいです。こちらは雨の日曜日なので、にぎわっていました。
ミュージアムもあります。
開催中の展覧会は、「アールデコ」でした。

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汐留地区には、ミュージカル専用の四季劇場もあります。
「オペラ座の怪人」をやっているのでしょうか。

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新しく開発された地域は、普段はいきいきとしているけれど、雨の休日はがらんと
していました。           

     


旧前田侯爵邸 [建築]

 加賀百万石の前田侯爵邸は、東大の赤門の場所にある広い上屋敷でしたが、
学問の発展のために、屋敷の一部を東大医学部の建設用地に提供しました。
さらに、東大が手狭になったので、1926年駒場の帝大農学部の一部と本郷の
屋敷を等価交換し、前田家は駒場に英国風の屋敷を新築したのです。

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 玄関前に、バラがいっせいに咲く春は訪れる人が多いそうですが、冬は閑散と
していました。館内は見学ができます(入場料無料)。「ご案内いたしますよ」と、
係の方が案内してくださいました。

 写真撮影も可なのです。
玄関ホールの横のコーナーは、ステンドグラスがアクセントになっています。

     
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 夫人のお客様用の部屋は、女性用に華やかで優雅なインテリアです。
マントルピースはイタリア産大理石で、上部にはアーチ型の装飾の鏡があります。

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 18名用の大食堂です。壁が木なのは、音が跳ね返って、人の声がよく聞こえるように
とのことだそうです。各部屋に合わせてマントルピースがそれぞれ趣向がこらしてあります。
前田家の家紋の梅の花がレリーフになっていたり、日本古来の菊の花がレリーフだったり
しています。

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 大食堂に続く部屋は、食事準備室で、この大きな戸棚は開けると、地下の台所
から料理を運ぶ昇降機になっているのだそうです。

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 御当主16代前田利為の書斎です。当時としては珍しい館内電話が8台あり、交換手
がいたそうです。ちなみに前田家の使用人は当時136名で、邸内に住むだけでなく、
屋敷周りは、全部、使用人の家だったそうです。
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 庭につながる1階のテラスです。重厚な唐草模様のランプがしゃれています。

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 2階は、家族それぞれの居室があります。
ご夫婦の寝室の家具は、英国で調達したものです。
前田利為は、英国に留学をしていました。

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各部屋とも、細部まで、神経がいきわたった装飾です。
長女の居室は、少女らしく可愛くということで、照明に小さなシャンデリアが
垂れ下がっています。一方、客間のシャンデリアは豪華です。

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和風の照明もありました。
床のモザイクを見せるため、絨毯を敷き詰めずに、見えるようにしています。

 この邸宅は、1929年に完成し、外国のお客様を招くこともできる東洋一の邸宅
だったそうです。しかし、陸軍大将だった御当主が第二次世界大戦で亡くなり、
戦後は米軍に接収され、空軍司令官の官邸でした。
昭和32年に接収が解除され、国から都が借り受け、現在、屋敷周りは都立
駒場公園になっています。

 公園側から見た前田邸です。松の木は、接収解除の記念に植えたもので、
星条旗が立っていた場所だそうです。

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東京武道館 [建築]

 東京武道館に空手の試合を見に行きました。
足立区の綾瀬にあります。地下鉄の千代田線で行きました。
元は、草野球場だったそうです。瓦のイメージの変わった形の建物です。

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 九段下の日本武道館と間違えて来る人が多いそうです。
日本武道館は、コンサートホールとして使われることが多いけれど、
こちらは、空手や柔道の試合に使われています。

 全日本選手権?だったので、模範演技のあと、試合でした。
試合場は4面あるので、2面では、空手少年の映画「ベストキッド」に出てくるような
子供たちの試合も、行われていました。

 夏の暑い土曜日でした。
うちの庭と同じく、さるすべりが、隣の公園に咲いていました。

 こちらは、うちの「さるすべり」と、「のうぜんかづら」です。

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大倉集古館 [建築]

 ホテル・オークラ正面玄関前に、中国風の立派な人目をひく建物があります。
大倉集古館で、ホテルの創設者大倉喜八郎氏による日本古美術と中国古美術の
蒐集品美術館です。入館料は800円ですが、国宝の菩薩像が見れます。


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 建物の設計は、築地本願寺や湯島の聖堂と同じ人です。
アーチ型部分は、近づくと、石窟のようになっています。

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 建物内部は、廊下を除き、撮影禁止でした。

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 庭には、立派な石灯籠が配置され、梅が綺麗に咲いていました。
椿は終わりに近い花でした。

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 のんびりと散歩には、好適の場所です。


旧古河庭園 [建築]

 東京北区にある「旧古河庭園」は、旧古河財閥の所有だった邸宅で、旧岩崎邸、鹿鳴館、
ニコライ堂と同じジョサイア・コンドルの設計によるものです。
ここが正面玄関で、建物内ツァーの集合場所です。
シャンデリアのある広いティールームで、庭を見ながら紅茶を飲みました。

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 庭のほうから建物を見ると、こんなです。
洋館の前はバラ園で、今が秋のバラの季節です。でも、まだ三分咲きでした。

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 階段を下りて奥に進むと、森のような散歩道があります。
今日は、この日陰がうれしいほどの快晴でした。このさきに日本庭園と池があります。

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 花壇には、マリーゴールドが植えられています。
ここに一輪だけ咲いているバラ、名前はクレオパトラです。

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 一番たくさん花をつけていたのは、ヘルムート・シュミットでした。
ドイツで開発された品種なので、その時の首相の名前がついています。

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バラの写真は、次回にします。